歯肉圧排(しにくあっぱい)とは、クラウンやブリッジなどの被せ物を製作する際に、歯と歯ぐきの境目にある歯肉を一時的に移動させ、支台歯の形成境界(マージン)を確認しやすくする処置です。

被せ物を製作するための型取り(印象採得)や口腔内スキャンでは、マージンをできるだけ正確に記録することが重要です。

特にマージンが歯肉縁付近や歯肉縁下に設定されている場合には、歯肉によって境界が隠れたり、出血や歯肉溝滲出液によって記録しにくくなったりすることがあります。

このような場合に歯肉圧排を行い、マージンを確認しやすい環境を整えることが、精度の高い印象採得や口腔内スキャンにつながります。

歯肉圧排の目的

歯肉圧排は、主に次のような目的で行われます。

  • 歯肉に隠れた支台歯のマージンを確認しやすくする
  • 印象材がマージン周囲まで入りやすい環境を整える
  • 口腔内スキャナーでマージンを読み取りやすくする
  • 必要に応じて出血や歯肉溝滲出液をコントロールする
  • クラウンやブリッジを製作するために必要な情報を記録しやすくする

ただし、すべてのクラウンやブリッジ治療で歯肉圧排が必要になるわけではありません。

マージンの位置や歯肉の状態、使用する印象材・口腔内スキャナーなどを考慮し、必要に応じて行います。

特にマージンが歯肉縁下に位置する場合には、歯肉や出血によって境界が見えにくくなるため、歯肉圧排などによる歯肉の管理が重要になります。

上顎犬歯から第一大臼歯までのブリッジ症例

上顎右側臼歯部から前歯部を側方面観で撮影した口腔内写真
上顎右側臼歯部から前歯部を側方面観で撮影した口腔内写真

本症例では、上顎犬歯から第一大臼歯にかけてブリッジ治療を行いました。

犬歯は生活歯であり、歯質の保存に配慮しながら、補綴装置に必要な形態を考慮して支台歯形成を行っています。

歯肉縁付近には圧排糸を挿入し、歯肉を一時的に移動させることで、形成したマージンを確認しやすい状態にしています。

一方、第一大臼歯にはファイバーコアによる支台築造が行われています。

ファイバーコアは、グラスファイバーを含む材料を用いた支台築造法の一つです。残っている歯質の量や被せ物の種類、咬合状態などを考慮して適応を判断します。

こちらも歯肉圧排を行い、マージン周囲を印象採得しやすい状態に整えています。

犬歯と第一大臼歯の間には欠損部があり、この部分にポンティック(人工歯)を配置するブリッジを製作します。

シリコーン印象と歯肉圧排の関係

マージンを記録しやすくするために

シリコーン印象+歯肉圧排
シリコーン印象+歯肉圧排

歯肉圧排を適切に行うと、歯肉によって隠れていたマージン周囲に印象材が入りやすくなり、支台歯の形態を記録しやすくなります。

クラウンやブリッジの精密印象には、付加型シリコーン印象材などが使用されることがあります。

付加型シリコーン印象材には、

  • 寸法変化が比較的小さい
  • 細部を再現しやすい
  • 撤去後の寸法安定性に優れている

などの特徴があります。

ただし、印象の精度は印象材だけで決まるものではありません。

支台歯形成、マージンの位置、歯肉の状態、出血や唾液のコントロール、印象操作など、複数の要因が関係します。

歯肉圧排は、そのなかでもマージン周囲を記録しやすい状態に整えるための方法の一つです。

圧排糸法

圧排糸法
圧排糸法

歯肉圧排で広く用いられている方法の一つが、圧排糸(リトラクションコード)を使用する方法です。

細い糸を歯肉溝に慎重に挿入し、歯肉を一時的に側方へ移動させます。

圧排糸には太さや編み方などが異なるさまざまな製品があり、歯肉溝の状態や処置の目的に応じて選択します。

また、症例によっては圧排糸と止血・収斂作用のある薬剤を併用することがあります。

代表的な薬剤として、塩化アルミニウムや硫酸第二鉄などが用いられます。

従来はエピネフリンを含む圧排材料も使用されてきましたが、エピネフリンは歯肉から吸収されると循環器系に影響を及ぼす可能性があります。

そのため現在では、全身状態への影響を考慮してエピネフリンを含まない材料が選択されることが多く、エピネフリン含有材料を使用する場合には患者さんの全身状態を十分に考慮する必要があります。

薬剤を併用した歯肉・出血のコントロール

印象採得や口腔内スキャンでは、マージン周囲からの出血や歯肉溝滲出液が記録の妨げになることがあります。

そのため必要に応じて、収斂作用や止血作用のある薬剤を圧排糸などと併用し、歯肉周囲の環境を整えます。

ただし、薬剤だけで十分な歯肉の移動が得られるとは限りません。

歯肉の状態やマージンの位置などに応じて、圧排糸や圧排ペーストなどを組み合わせて使用することがあります。

圧排ペースト法

圧排ペーストを用いて歯肉を一時的に移動させる方法もあります。

代表的な製品として、ExpasylやTraxodentなどがあります。

ペースト状の材料を歯肉溝周囲に適用し、一定時間作用させた後に除去することで、軽度の歯肉圧排や出血・滲出液のコントロールを図ります。

圧排糸と比較して歯肉への機械的刺激を抑えやすい場合がある一方、必要な圧排量やマージンの位置によっては、ペーストだけでは十分な歯肉の移動が得られないことがあります。

そのため、症例によって圧排糸と使い分けたり、併用したりします。

上顎中切歯のクラウン治療では、支台歯形成後、必要に応じて圧排糸を歯肉溝内へ慎重に挿入します。

圧排糸を歯肉溝内に挿入
圧排糸を歯肉溝内に挿入

この処置によって、

  • 歯と歯肉の境界を確認しやすくする
  • マージン周囲に印象材を到達させやすくする
  • 口腔内スキャナーでマージンを読み取りやすくする

といった効果が期待できます。

その後、採得した印象やスキャンデータをもとにクラウンを製作します。

本症例ではメタルボンドクラウンを装着しています。

メタルボンドクラウンの装着
メタルボンドクラウンの装着

クラウンの仕上がりは歯肉圧排だけで決まるものではなく、支台歯形成、印象採得、技工操作、クラウンの形態や色調、装着後の歯肉の状態など、さまざまな要素が関係します。

歯肉圧排は、これらの工程のうち、マージン周囲の情報を適切に記録するために行われる処置の一つです。

近年では、口腔内スキャナーを用いたデジタル印象も広く利用されています。

口腔内スキャナーは、カメラなどの光学的な方法で直接確認できる歯面を読み取ってデジタルデータ化する装置です。

そのため、マージンが歯肉に覆われている場合や、出血・唾液・歯肉溝滲出液などによって視認しにくい場合には、正確な記録が難しくなることがあります。

このような症例では、

  • 必要に応じた歯肉圧排
  • 出血や歯肉溝滲出液のコントロール
  • 唾液などの水分の管理

によって、マージンをスキャンしやすい環境を整えます。

ただし、マージンが十分に確認できる位置にあり、歯肉や出血の影響を受けない場合には、必ずしも積極的な歯肉圧排が必要とは限りません。

デジタル印象においても、症例に応じて歯肉周囲を適切に管理することが重要です。

歯肉圧排は補綴治療で一般的に行われる処置ですが、歯肉溝内を操作するため、歯肉の状態に配慮して慎重に行う必要があります。

歯肉への刺激

圧排糸を強い力で挿入したり、歯肉溝を過度に操作したりすると、歯肉に損傷や炎症を生じる可能性があります。

また、歯肉の状態や操作方法などによっては、処置後に歯肉辺縁の位置が変化する可能性も指摘されています。

そのため、必要な範囲で歯肉を移動させ、歯周組織への負担をできるだけ抑えることが重要です。

出血や炎症

歯肉に炎症がある場合には、圧排糸の挿入などによって出血しやすくなることがあります。

出血や歯肉溝滲出液は印象採得や口腔内スキャンの妨げになるため、可能であれば補綴治療の前に歯肉の炎症を改善し、安定した歯周組織の状態で処置を行うことが望まれます。

使用する薬剤への配慮

歯肉圧排に薬剤を併用する場合には、その種類や患者さんの全身状態を考慮する必要があります。

特にエピネフリンを含む材料では、循環器系への影響が問題となる可能性があるため、使用には注意が必要です。

また、その他の止血・収斂剤についても、使用方法や使用量を守り、歯肉組織への影響に配慮して使用します。

歯肉圧排は、クラウンやブリッジなどの補綴治療において、歯肉に隠れた支台歯のマージンを確認しやすくし、印象採得や口腔内スキャンを行いやすい環境を整えるための処置です。

圧排糸や圧排ペーストなどを使用して歯肉を一時的に移動させ、必要に応じて出血や歯肉溝滲出液もコントロールします。

ただし、すべての症例で同じ方法の歯肉圧排が必要になるわけではありません。

マージンの位置、歯肉の状態、使用する印象法などによって、圧排糸・圧排ペーストなどを適切に選択します。

また、クラウンやブリッジの適合性や審美性は、歯肉圧排だけで決まるものではありません。支台歯形成、歯周組織の状態、印象・スキャン、技工操作、補綴装置の設計など、さまざまな工程が関係します。

歯肉圧排は患者さんからは見えにくい処置ですが、必要な症例では、マージン周囲の情報を適切に記録するための重要な工程の一つです。

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クラウンやブリッジをできるだけ適切に仕上げるためには、歯と歯ぐきの境目を正確に記録することが大切です。当院では歯肉の状態にも配慮し、必要に応じて歯肉圧排を行いながら、一つひとつの工程を丁寧に進めています。

セラミック治療やブリッジ治療、被せ物のやり直しをご検討中の方は、精密な補綴治療に対応する当院へお気軽にご相談ください。

筆者・院長

篠崎ふかさわ歯科クリニック院長

深沢 一


Hajime FUKASAWA

  • 登山
  • ヨガ

メッセージ

日々進化する歯科医療に対応するため、毎月必ず各種セミナーへの受講を心がけております。

私達は、日々刻々と進歩する医学を、より良い形で患者様に御提供したいと考え、「各種 歯科学会」に所属すると共に、定期的に「院内勉強会」を行う等、常に現状に甘んずる事のないよう精進致しております。 又、医療で一番大切な事は、”心のある診療”と考え、スタッフと共に「患者様の立場に立った診療」を、心がけております。

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