薬物性歯肉増殖症とは

  • 薬剤の副作用で起こる歯肉肥厚を薬剤性歯肉増殖症と言います。
  • 原因となる薬に高血圧・狭心症薬、カルシウム拮抗薬のニフェジピンやアムロジピン、てんかん治療薬、抗けいれん薬のフェニトニン、臓器移植後の免疫抑制剤のシクロスポリンAなどです。

薬物性歯肉増殖症(歯肉肥厚)

薬物性歯肉増殖症(歯肉肥厚)とは

薬物性歯肉増殖症(歯肉肥厚)
薬物性歯肉増殖症(歯肉肥厚)

薬の副作用が原因の非炎症性歯肉増殖

薬の副作用が原因で起こる歯肉が肥厚(ひこう)する疾患を薬物性歯肉増殖症(歯肉肥厚)と呼びます。

歯周病の原因となるプラークや歯石の付着を放置した場合に起こる炎症性歯肉増殖と区別されます。

薬物性歯肉増殖症が起きる代表的な薬

  • 血圧を下げるカルシウム拮抗薬のニフェジピンやアムロジピン
  • 抗てんかん薬のフェニトニン
  • 臓器移植時や自己免疫の病気で免疫抑制剤として用いられるシクロスポリン(商品名:サンディミュン、ネオラールなど)

歯肉増殖症(歯肉肥厚)の症状

歯茎の腫れた部分は、粘膜上皮の肥厚とコラーゲン繊維の増生で境界が明瞭で弾性があり硬いのが特徴です。歯肉肥大が大きくなると歯全体が見えなくなることもあります。

投薬の初期症状は歯肉肥厚だけですが、毒性の強い歯周病菌(レッドコンプレックスなど)が感染し、歯周ポケットが深くなると出血や排膿、痛みが起こることもあります。

投与量や投与期間によるものではなく、用量依存性はないと考えられています。糖尿病や口腔清掃不良(歯垢や歯石を放置)が増悪の原因となります。

カルシウム拮抗薬による薬物性歯肉増殖症

薬物性歯肉増殖症の症状

高血圧症でカルシウム拮抗薬服用による薬物性歯肉増殖症
歯茎の腫れと出血

高血圧症でカルシウム拮抗薬服用による薬物性歯肉増殖症

降圧剤のカルシウム拮抗薬(ニフェジピン)を長期間服用した為、上顎の歯肉に歯肉増殖(歯肉肥厚)が起こり、歯周ポケットが形成され出血が認められます。

薬を飲み始めた当初は、非炎症性の歯肉増殖であったものが、歯周病菌を含むプラークの付着によって炎症性の歯周炎に変化したものと思われます。

従って、初期は痛みがなかったものが、現時点においてはやや痛みが発生しています。

通常の歯周治療を行っても歯肉増殖が改善しない為、担当医師(内科医)にカルシウム拮抗薬の変更を依頼しました。

同症例の歯肉増殖部位のレントゲン写真
同部位のx線

同症例の歯肉増殖部位のレントゲン写真

歯肉増殖が起こっている部位のレントゲン写真では、歯槽骨の吸収第二小臼歯の部位に僅かに認められます。

薬剤による歯肉増殖が治癒すれば、歯周病のコントロールは比較的簡単に行うことが出来ると思われる症例です。

薬物性歯肉増殖症の治療

歯肉肥厚が治癒

歯肉肥厚が治癒

カルシウム(Ca)拮抗薬(ニフェジピン)の使用を中止し、他の降圧剤に変更して約3ヵ月も経たない内に歯肉増殖は改善しました。

Ca拮抗薬は、高血圧の治療薬として最も効果があるため1選択として用いられます。

種類が豊富な上、歯肉増殖症を起こしにくいものもあるので、薬剤の変更で歯肉肥厚の改善は望めると思われます。

稀ですが、他のカルシウム拮抗薬に変更しても治癒しない場合にはカルシュウム拮抗薬以外の降圧剤に変更することも考慮する必要があります。

歯茎からの出血や痛みといった歯周病の症状の治療は、一般的な歯周治療(歯石除去、PMTC、エアフローなど)と同様に行います。

歯周基本治療を行っても歯肉肥大が改善しない場合には、歯肉切除術を実施する場合もあります。

当症例では薬剤の変更で歯肉の腫脹が収まり、プラークコントロールが良好になった為、歯周病の症状は安定しています。

カルシウム拮抗薬(ニフェジピンやアムロジピン)の作用機序

血管の筋肉にカルシウムイオンの流入を抑える

動脈の血管壁を構成する平滑筋細胞が収縮することで血管は細くなり血圧が上がります。

この収縮は、平滑筋細胞内にカルシウム(Ca)イオンが流れ込むことが引き金になり血管を収縮させ血圧を上昇させます。

従って、カルシュウムの過剰摂取は血圧の上昇を引き起こします。

カルシウムは歯や骨に多く分布していますが、体の組織全体に僅かですが存在しています。

このカルシウムイオンの通り道であるカルシウムチャネルをふさぐことで、平滑筋細胞の収縮を抑え、血管を拡げ、血圧を下げることができます。これがカルシウム(Ca)拮抗薬の働きです。特に心臓の冠動脈に作用すると狭心症の発作を抑える効果があります。

薬物性歯肉増殖症発症の頻度の低い薬は?

発症率はニフェジピンが最高

高血圧の治療薬としてカルシウム拮抗薬(商品名:ニフェジピン、アダラート、アムロジンなど)がしばしば使用されますが、歯肉肥厚はニフェジピンの発症率(6.3%、男女比3倍 イギリスの調査)が最も高くなっています。

Ca拮抗薬は、主に用いられるジヒドロピリジン系(ニフェジピン、アムロジピンなど14種類)やベンゾチアゼピン系、Ca拮抗薬・スタチン配合剤など合計で16種類があります。

.これらの内、最も高い発生頻度はニフェジピン (7.6%) であり, ジルチアゼム (4.1%) ,マニジピン (1.8%) , アムロジピン (1.1%) , ニソルジピン (1.1%) , ニカルジピン (0.5%) の順であった。

一方、アゼルニジピン, バルニジピン, ベニジピン, エホニジピン, フェロジピン, フルナリジン, ニルバジピン, ニトレンジピンおよびベラパミル服用者にはみられなかった。

【文献】  小野眞紀子, 他:歯薬療法. 2008;27(2):79-85.

薬物性歯肉増殖症発症頻度の低い薬は?

降圧剤(血圧を下げる薬)の種類と副作用

降圧剤の薬副作用
カルシウム拮抗薬歯肉増殖症、浮腫(下腿浮腫など)、頭痛、動悸、便秘
ACE阻害薬(アンジオテンシン変換酵素阻害薬)血管浮腫、咽頭浮腫、空咳やのどの違和感
ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)高カリウム血症、低カリウム血症、軽い動悸やめまい
利尿薬脱水・低カリウム血症、糖尿病、痛風
α(アルファ)遮断薬立ちくらみやめまい
β(ベータ)遮断薬喘息、高度に脈拍数が少なくなる、手足の冷え

降圧剤が動脈硬化の引き金に?

歯周病の増悪要因になるリスク

血圧を下げる薬の目的は動脈硬化を予防し、脳梗塞や心筋梗塞の発症を予防する為です。しかし、その処方を誤れば、歯周病を増悪させる事になりかねません。

そして、歯周病菌やLPS(菌体内毒素)が大量に歯肉の毛細血管から動脈に入り、アテローム性プラークの形成(動脈硬化)を促進させ、かえって脳梗塞や心筋梗塞の発症リスクを高めているのではと懸念されます。

抗けいれん薬による薬物性歯肉増殖症

てんかんとは

てんかんは、人口の1%の割合で見られる疾患で、子供から思春期(20歳までに八割)に発症しやすく、手足の筋肉に異常な痙攣を起こすのが主症状です。

原因は脳細胞の中核神経系の障害で、意識障害を伴う慢性の脳疾患です。

抗てんかん薬(抗痙攣薬)による副作用

抗てんかん薬・フェニトニンの50%に歯肉肥厚

抗てんかん薬で用いられる薬は、フェニトニン(商品名:アレビアチン、ヒダントール)、バルプロ酸ナトリウム(商品名:デパケン、バレリン、セレニカR)、レベチラセタム(商品名:イーケプラ)、カルバマゼピン (商品名:テグレトール)などがあり、口腔内に現れる副作用として歯肉増殖やドライマウス、口内炎などがあります。

フェニトニンは、歯肉肥厚を起こす頻度が最も高く、服用者の50%に発現すると言われています。

症状や特徴

カルシウム拮抗薬や抗てんかん薬と同様な症状を呈します。初発は非炎症性の歯肉増殖を発現し、仮性ポケットの形成とともにプラークコントロール不良となり、歯肉に炎症が起こります。

歯科治療

難治てんかんは、服用薬の変更は困難な事が多く、通常の歯周治療で対応することになります。

免疫抑制剤シクロスポリンAによる薬物性歯肉増殖症

免疫抑制剤シクロスポリンAとは

臓器移植やリウマチ性疾患

シクロスポリンAは,肝臓,腎臓,心臓などの臓器移植における移植拒絶反応を抑制する免疫抑制剤として使用されています。 また、膠原病・リウマチ性疾患の難治性病態の治療にも用いられています。

シクロスポリンAの副作用

服用者の8%-70%に歯肉増殖症

シクロスポリンAは、服用者の 8-70% に歯肉増殖症が報告されています。

臓器移植では合併症を予防するためにカルシウム拮抗薬を同時服用することもあり、歯肉増殖症をさらに助長する危険性を伴います。

症状や特徴

カルシウム拮抗薬や抗てんかん薬と同様な症状を呈します。

歯科治療

減薬や薬の変更は難しく、抗痙攣薬と同様に通常の歯周治療で対応することになります。薬の服用は長期間に渡るため、歯肉肥厚の再発防止に努める必要があります。

【文献】シクロスポリン A およびシルニジピンによる歯肉増殖を伴う慢性歯周炎の一症例 色川大輔他 東京歯科大学歯周病学講座

ふかさわ歯科クリニック篠崎では、患者様の大切な歯を1本でも延命するため、軽度歯周病から重度歯周病に至るまで様々な対策を行い、歯周病予防をはじめ、早期発見・早期治療で症状の改善・維持を行い、抜歯回避に努めております。

江戸川区篠崎で薬物性歯肉増殖症の治療をご希望の方は、ぜひ一度当院までお気軽にご相談下さい。

【動画】歯周病の手遅れの症状

筆者・院長

篠崎ふかさわ歯科クリニック院長

深沢 一


Hajime FULASAWA

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メッセージ

日々進化する歯科医療に対応するため、毎月必ず各種セミナーへの受講を心がけております。

私達は、日々刻々と進歩する医学を、より良い形で患者様に御提供したいと考え、「各種 歯科学会」に所属すると共に、定期的に「院内勉強会」を行う等、常に現状に甘んずる事のないよう精進致しております。 又、医療で一番大切な事は、”心のある診療”と考え、スタッフと共に「患者様の立場に立った診療」を、心がけております。

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